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やや入り組んだ路地裏や 深夜にこそ人が集まるようなライブハウスの近辺を舞台に、
胡乱な連中がこそこそと 取引だか密会だかを重ねる動きがあるとかどうとか。
よくある舞台設定ゆえに、天下を揺るがす大事の前知らせとも、
ただのゴロツキ同士の打ち合わせという些末な小事にも転がりそうな代物だが、
要人暗殺だの、財界の構図を引っ繰り返すような企みだの、
極秘捜査と運ばねばならないほどの、何かしら大事への密談の場にするには、
あまりに畑違いすぎるのが噛み合わない。
その方が隠れ蓑になるという穿った考えようもあるかもしれないが、
既に怪しい動きを警察関係に嗅ぎつけられ把握されている手際の悪さから言って、
そこまで大きい話でもなさそうだと、これもまた太宰が言っており。
ちなみに、それとなく顔馴染みの刑事さんに訊くことは出来ないのかと敦が問えば、
『ある程度までの探りなら入れてみたけれど、
怪しい動きがあって張り込みをしているとまでしか話してはもらえてないよ。』
どういう経路で他所へ洩れるか判らぬという恐れは誰へ対してでも持つものならしく、
相手が軍警の依頼を受けもする探偵社であれ例外ではない。
馴染みの薄い警官には胡散臭く思われてもいようし、そうでない人からはからで、
そこはやはり、捜査事案なのでホイホイと口外出来ないのだろう。
苦笑混じりに誤魔化されてお終いだそうな。
捜査情報だからというだけじゃあない、人ひとりの人権を左右するような話になりかねないからで、
誰それが疑わしいと警察が言ってたなんて格好で噂だけが広まれば 迷惑がかかることもありうるし、
結局 関係がなかったりすれば名誉棄損級の一大事になりかねぬ。
『似たような理由から、
取っときの手段を使うのもね、控えないといけないんだよ。』
と、これは谷崎さんから聞いたのが、
異能でつかんだ証拠は事実であれ証拠能力がないということ。
前もって刷り合わせが為されていても、
犯人確保の手段や潜入捜査への認可などなどにおいては、
報告書に記せない事実という扱いになるか、異能特務課が必死で辻褄を合わせるか、
異能がまだまだ公に認可されていない日之本では、無いこと扱いにするしかないのだそうで。
途轍もない腕前にて電網世界へもぐっての情報収集も、
それこそ巧みな問答でそれと知らずに口をすべらせちゃうのとは全く勝手が異なり、
接触しましたという機械的な痕跡が残るので、
その手段を非難されかけず、証拠として採用されないとのこと。
『超法規的措置という対処にも、当たり前ながら限度はあるんだよ。』
緊急避難という文言があるけれど、それは必ずしも “正当防衛”とイコールではないように、
違法な方法で鍵を開けたりした日にゃあ、どんな事情があってのことでもお縄になりかねない。
なりふり構わなかった いつぞやの“天人五衰”事件の折を思い出し、
ちょっと ぞっとしちゃった敦でもある。
『そうか、ポートマフィアでも懸念していたか。』
『ということは麻薬関係、若しくは盗品売買ってところだね。』
中也が割と公然とという形で顔を出したことから、ポートマフィアが介入したことが明らかになり、
悪さを構えている側ではなかろうというのは、
彼の五大幹部という格からして有り得ないと太宰や乱歩から一蹴された。
「警察が慎重なのは、
現場の売り子という末端の小者を捕まえても
すぐに代わりが放たれるだけだからだろうね。」
そんなイタチごっこの繰り返しじゃあキリがないが、
恐らくは 組織と彼らをつなぐ位置、
中間で売り子たちを束ねていよう存在の影か尻尾を掴みでもして、
だったら出来るだけ上の格を取っ捕まえようと構えているだけのことだと思う。
そんなこんなで慎重になってて話が欠片でも漏れないようにと慎重を極めすぎて、
慣れないそそくささから却ってライブハウスのオーナーに怪しまれちゃったんだろうね、と。
さすがは世慣れてもいらっしゃる山師、もとえ策士様。
乱歩がすっかりと関心を失くしたのもその辺りをとっとと見切ったかららしく、
太宰がそうと噛み砕いてくれたので、敦にもコトの図式のようなものは判ったが、
「…じゃあ この後どうします?」
まだ確証は何もないけれど、
乱歩さんだけじゃあなく太宰までもが見通したのならまずは間違いのないことだろう。
クライアントであるオーナー氏には、
警察の胡散臭い動きは 怪しい取り引きを殊更慎重に構えて見張っていただけ、
出来る限りの大物まで遡ってって取っ捕まえたいからこその構えだっただけだと伝えるとして。
探偵社の出番もなくなり “じゃあ そういうことで”と撤退するにしても
それをそのまま伝えて通じるのはオーナー氏と現場を差配しているマネージャーさんだけ。
警護も兼ねていたとはいえ、
某事務所の新人でぇす、お世話になりま〜す、てへっvv なんて
捏造した肩書で ご挨拶なぞ交わしたスタッフや演者の方々という顔ぶれへ何て言って離れるのかと。
まだまだ臨機応変が利かない敦ちゃん (只今 絶賛女装中)が困ったように尋ねれば、
「そうだね。」
確かに、いきなり消えてはそれこそ怪しい輩に攫われでもしたかと心配されかねないしねぇと、
女性社員らにそれはそれは愛らしく仕上げられた偽装アイドルっぷりを
太宰から改めてのようにまじまじと眺め回されつつ、
「一応は “新人で見習い”って肩書で来てたんだし、
演目表(プログラム)に名前も掲載されてはないんでしょ?」
現場の空気を体験しに来ただけです、本番はお忙しいでしょうから帰りますねで通ると思うよ?
それでなくとも有名なセッションだ、新人がおいそれと板に上がれるもんじゃなし、
もう十分雰囲気は判ったのでって谷崎くんが触れ回りゃあ引き留められることもなかろう。
マネージャーさんも話を合わせてくれようからそのまま帰っておいで、と。
含羞みすぎてか下がりまくりの眉辺り、頬に手のひら添えたついでに親指でくすぐるように撫ぜられて、
ひゃあと飛び上がれば 鏡花ちゃんが懐剣をちゃきりと構えるところまでがお約束。(笑)
そうまで緩んでしまった緊急会議という名の打ち合わせを済ませ、
ではさっそく現場であるライブハウスのマネージャーさんへ伝えてきましょうと、
潜入班の二人が現場へ戻りかかったところ、敦の携帯端末が鳴り、
誰からかというところに表示された名前にわぁあと薄い肩がすくみ上ったものだから。
「……先に行って話しておくね。」
さすがは良く気の付く手代さん。
谷崎さんが素早くも何かしら察したか、
すぐそこという辺りまで戻っていたこともあり、そうと囁いて小走りに離れてゆき、
すいませんと何度も頭を下げてから ついでに深呼吸もして出れば、
そういったやり取りも見え見えか、根気のいいことに切らずにいてくれたお相手はやはり彼の人で。
【敦か?】
「……な、何にも話しませんからね。」
【 おうよ。その辺は判っとる。】
挨拶もすっ飛ばした応対を返したというに、
ふふと小さく笑ったか、かすかな吐息の音が届いて
わあと眩暈しかかるところがまだまだ初心な敦だったりし。
【大方、ウチと似たような用件で調べに入ってたんだろうが、
青鯖や名探偵なら俺ら見てあっさり話の裏まで見抜いたんじゃね?】
「わあ凄い。」
【なんか棒読みだぞ。】
今度はさすがに やや凄むような、喧嘩売ってんなら買うぞという響きがなくもなかったので、
慌てて “馬鹿にしたんじゃありませんてば”と返す。
中也の言いようからして、
乱歩や太宰があっさり読み取ったことがただの予測じゃなかった裏付けになったわけだし、
その中也もまた、現場であるライブハウスに自分がいたことから
探偵社の取り組みようとその後の采配のようなものまでも、あっさりと見抜いた上で見通したわけで。
「ボクなんかまだまだだなって しょげただけです。」
中也さんこそ、怪しい取引を叩き潰しに来たんですか?と何の気なしに訊き、
刑事さんたちのお邪魔はしてほしくないなぁと続けかけ、
そんなのマフィアが知ったことではなかろうし、何よりそんな内情まで話しちゃくれないかなと途中で口ごもれば、
【まぁな。現場に張り込む役どころで俺が割り振られた。】
割とあっさり肯定したから、気を許されているのか、それとも
こちらはもう撤退するだろうからとそこまで見通されての、だったら話してもいいかと判断したか。
まだ任務中の頭でいたせいか、敦もまた そのくらいなら推察出来たところへと、
【そういうこったから、敦はとっとと帰れ。
さほど大騒ぎになりはしなかろうが、巻き込まれたんじゃあ面白くなかろう。】
どういう段取りかまではさすがに話してくれず、急いで帰れよと言いたくての連絡だったようで、
天下のポートマフィアらしからぬ気配りをしてくれたらしい。
じゃあな寄り道すんなよ?と念押しして切れたのを小さな吐息付きで見送って。
“……もしかして中也さん自身が 歌い手とかいう格好で割り振られたんじゃあって思っちゃった。”
だって、Mちゃんとやらへと声を掛けつつという登場ではあったれど、
まだ直には何も聞いてなかったし、どういうセッティングなのかは不明のままだ。
ただ、そういう形の潜入だと 敦同様に女性の演者として変装しなければならなくなる。
マフィアとして格が上すぎて、下々へはあまり顔が割れていないらしいが、(箱入り幹部だし・笑)
中也さんでは、見目麗しくともどちらかと言えば
女性がくらくら舞い上がるか、夫人へかしずいて従順なという騎士の様な振る舞いが板についていて厭味がない、
そういった級の相当なイケメンなので、
不可能ではないながら それでもかなりなところで女装には限度があろう。
なので、適当とまではいわないが
コーポレーションの息がかかった地下アイドルから抜擢した歌い手のM美さんを立て、
乱歩さんが読んだように、応用自在なところを買われた中也が その付き添いという格好で乗り込んで来たのだろう。
“でも、ちょっと見てみたかったかも。//////”
中也さんの女装をですか? そうこくスターズですか。(またそういうメタ発言を…) 笑
そう、此処までは そんな思惑が出てくるほどに 随分と穏やかな終焉で、
荒事専門の探偵社ではあれ、こういう事案もないではないさと綴られる代物だったはずなのだが…。
to be continued.(19.12.22.〜)
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*明けましておめでとうございます。
妙なお話挟んでまだ続いてます。
そうです、これで終わっては肩透かし、
もうちょっとだけ続きます。
年越ししちゃいましたが、まだ大みそか前ということで。

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